自己責任原則の真実「エッセイ 自己責任過剰の時代 PART1」

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どうも、太陽です。(No11)

 

10代・20代前半の人に、特に読んでもらいたい記事です。(若いときほど、自己責任を身にしみて体感しておくと、得するからです)

 

突然ですが、「自己責任だ!」とはよく騒がれても、「自己責任過剰だ、何でも自己責任にするな!」と言う人は珍しいと思います。  

僕はそんな珍しい主張を展開したいと思います。

 

内容を読んでもらえれば納得いくのではないでしょうか?

自己責任というテーマについて、深く考えたい人はぜひ続きをお読みください。

 

 

目次

1 あらゆる自己責任原則の世界。

 

自己責任があらゆる世界にはびこっている話をしますね。

 

AndroidのアプリにはiPhoneと比べて、ウィルスが入り込みやすいのを知っていますか?

Apple社の場合、審査したアプリしか導入されず、入手先もAppStoreのみです。

これに対してAndroidは入手先の自由度が高く、「自己責任で選んでくれ」ということになっています。

 

他のネットサービスもググるという行為を行わないと、なかなか使いこなせません。

老人は若者と比べれば、パソコンやスマートフォンの操作に苦労します。

 

また、医者の診療の際も5分診療が基本なので誤診される可能性があります。

薬をもらっても自分できちんと調べなければ、副作用などで悩まされる危険性もあります。

医者のことを全面的に信頼すると、後で損害を負う場合があります。  

 

株式投資も損をしたら、自分が悪いのですよね。

つまり自己責任原則ですね。  

 

2 自己責任原則は必要。

 

でも、「自己責任原則って必要だ」と僕は思うのです。  

なぜかと言うと、国家や上のアドバイスに頼りすぎて自己責任にしなくなると「個々の判断力が弱まる」と思うからです。  

 

個人個人の行動が結果となり、責任として跳ね返ってくるからこそ皆が真剣になるのですよ。

でもですよ。 その自己責任原則は完全に正しいのでしょうか?  

 

3 自己責任原則は皆がスーパーマンにならないと成り立たない。

 

ここで僕の主張です。  

僕は思うのです。自己責任原則は皆さんがスーパーマンにならなければ基本的に成り立たないと。  

 

つまり、豊富な知識と判断力があるスーパーマンだけが、自己責任原則社会で生きていけます。

 

統合失調症の障害者が殺人を犯しても罪になりません。なぜなら判断力がないからです。

認知症の老人が運転を禁止されます。判断力がないからですね。  

 

上級の仕事(弁護士や大卒など)の仕事は高度な知識と判断力あってこそです。  

 

でも、日本という国にスーパーマンがたくさんいると皆さんは思いますか?

選挙、医療、法律、就活、保険、ネット、人間関係(恋愛含む)、学校教育、子育てなど、たくさんの場面で高度な知識と判断力を持っているのでしょうか?  

 

これらのたくさんの場面で、自己責任で判断を求められます。

しかし、僕を含め、大半の人は高度な知識も判断力もないと思います。  

 

4 あらゆる場面での高度な判断力を持っている人は稀であり、専門家に頼ることが必要。

 

ここで話が多少、飛びます。  

 

あらゆる場面で正しい判断をするには、あらかじめ勉強することなどが必要です。

ですが、そういう人は稀です。時間も意欲もないのでしょう。

そういう時は専門家に頼みます。弁護士、税理士、金融系、IT系などたくさん専門家がいますね。

 

でも残念なことに、専門家に頼むのは金がかかります

そして豊富な金を持っている人は富裕層だけです。

 

富裕層じゃない人達は調べて勉強しないと、あらゆる場面で正しい判断ができないことになります。  

そして大半の人達はそうなっています。スーパーマンなどほぼいません。

   

5 金や人脈がない人がほとんどであり、大半の人は判断力を有してないのでタイトルを自己責任過剰の時代にした。

 

続きです。  

 

金がない場合は人脈が豊富であれば、代わりとなります。

金で頼むのと同じ効果が人脈にはありますからね。

 

でも、金も人脈も両方ある人は少ないと思うのです。

よって、「自己責任過剰の時代」というタイトルにしました。

 

「自己責任」を日本という国は求めすぎなのですよね。

スーパーマンや富裕層なんて、ほんの一握りなのですよ。  

 

6 自己責任だと連呼する人達とこの世の不平等性。

 

また、「自己責任だ!」と連呼する人達がいます。

「そういう人達は恵まれていることが多い」と僕は思うのです。  

 

苦境や逆境の人が「自己責任だ!」と言うならまだ分かります。

ですが、遺伝・環境に恵まれていながら「自己責任だ!」と他人に押し付けるということは酷くないですかね?

   

この世の中は完全な平等な競争条件ではないのです。残念ながら。  

大学受験はまだ平等性が残っていますが、社会人になってからの競争は全然平等じゃないです。  

 

大学受験でも親の影響力は大です。高学歴の親の子供は、高学歴になりやすいことからもいえます。  

 

社会人になってからは、

1位 官民(公務員・民間企業)間の格差 > 

2位 雇用(正社員・非正規社員)間の格差 > 

3位 男女間の格差 > 

4位 職種(営業職や技術職)間の格差 > 

5位 年齢・役職間の格差 > 

6位 企業(規模や業種)間の格差 

の順に、理不尽度が高くなっています。

 

給料や待遇がまったく異なるのですよ。

民間企業で非正規社員で女性なら、かなり不利です。可哀想ですらあります。

年齢が高齢になると就きにくくなりますしね。  

 

6位の企業間の格差(大企業か中小企業か)や業種(金融業は一般的に高給で、サービス業は一般的に低給)も、それなりに影響がありそうですが、それ以上に公務員、正規社員、男性であることは有利に働きます。  

正規社員、公務員、男性である人は恵まれていますよ。

 

もちろん努力して、その地位に就いたのでしょうが、恵まれた因子(遺伝・環境など)がある人の場合、自己責任だと他人に言わないほうがいいです。

 

7 世の中の悲惨な人達と打開策。

 

ここで悲惨な話をします。  

 

世の中には悲惨で、恵まれていない逆境の人がいて、もし同じ環境下なら、その地位に就けたか疑問なのです。

親に金があるか、高学歴で進学高なら、とりあえず恵まれていますよ。  

逆境の人に「自己責任だ!」と安易に言うことは良くないです。

 

このように社会は理不尽に溢れています。  

環境や遺伝などで恵まれている人、官民格差などの理不尽によって自己責任原則は大いに揺らいでいます。

 

よって恵まれていない人は、多くを自分で抱え込まないといけないので大変なのですよ。

こういう社会を変えるべく、「国家がある程度はサポートする必要がある」と僕は思いますね。  

 

もし、この社会が変わらないとしたら自己防衛するしかありません。悲しい事実ですが。  

 

自己責任過剰社会を渡っていくには、豊富な知識と判断力が必要でした。金と人脈もです。

 

前者は僕のブログで知識武装してもらえれば、ある程度解決すると思います。

その知識武装のための情報を、当ブログや、当ブログで紹介する本で補ってください。

 

金と人脈に関しては知識武装技能を習得することで、ある程度は得られる可能性が高まります。  

偉い人や実力者はそれなりに役立つ人(武器がある人)じゃないと相手にしてくれません。  

 

武器もないままに人脈を拡大しようとする人がたまにいますが、ほとんどは徒労に終わるのではないですかね?

実力者にとって、その人が自分の役に立たなければ、関わる意味合いが薄くなります。

 

まずは武器構築か、武器がまったくなければ滅私奉公して実力者の後押しを得るか、企業などに雇われることでしょうね。  

 

PART2に続きます。

 

ではこの辺で。(3395文字)  

 

このブログは個人的見解が多いですが、本・記事・YouTube動画などを元にしつつ、僕の感性も加えて、なるべく役立つ・正しいと思われる記事を書いています。

あくまで読者がさらに深く考えるきっかけとなればいいなぁという思いですので、その辺は了解ください。

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この記事を書いた人

ブロガー歴10年以上。5つのブログを運営。

ビジネス書を最低5000冊読破し、仮説を考え続ける人生を歩んでいる研究者気質。

経済学・経営学・教育・心理学・哲学・ライティング・企画発想が強み。

ライティングのお仕事の依頼、随時募集。

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